おはようございます

嵐が過ぎて、太陽が射してきました。
最近、フェイスブックに力をいれ、ツイッターも始めました。
気合入れてつぶやこうとしているのですが、先輩方の気合がさらに強いので、出遅れてしまっているもようです。笑

さーてさて、ちょっと気になる記事を見つけました。
イギリスとの武器共同開発へ着手、ということです。
うーむ、、、原発といいガレキといい、水面下で何が起こっているのでしょう。

インターネット上ではみんな意識が高まっているし、あとは行動だと思います。
オレも水面下から働きかけ、行動していきますよ。笑



それともう一つ、ちょっとオカルトてきな話ですが、以前、バーバラ・マーシニアックというチャネラーの方の本がおもしろくて好きで、読み漁っていました。
それはそれはもう、自分の心を見透かされたようにすべてが書かれている内容に驚きビックリでした。
もちろん、こういう本を受け付けない人もいると思います。

どの本かは忘れたのですが、15年以上前に書かれた本なのですが、「南極大陸の地下から巨大な山(氷山、金山、大陸??忘れた)が現れる」みたいなことが書いてありました。
もちろん、まっさかあ~、という感じでほぼ忘れていたことなのですが、
今日、「南極の氷河に亀裂、巨大氷山誕生か」、という記事を見つけました。↓
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20120203004&expand#title

ナンテコッタ!!



さてさて、おもしろくなりそうだ~。

「始めるときは一人からだよ」
友達の言葉が何度も響いてくる今日この頃です。

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今を生きること

失敗をする、間違いを犯す、またはそういう行為を見る、というのは必要なことであり、ある意味正しいものでもあると思う。
失敗、間違いを体験したり、見て認識しないと、人は間違いということを知ることができない。

自分の気持ちに正直に生きていたら、必ず失敗や間違いを犯すものだと思う。
そして、それを認識して、反省して、繰り返さないことが大事である。

そうすると、人が間違いを犯しても、許すことができる。
だって、自分も同じ事をやってきたんだから。
いつか気付いて改めるだろうと、諭す、もしくは見守る、信じる。

マハトマ・ガンジーが言う。
「強い人とは、許すことができる人」
だったかな。

なぜガンジーが、白人から酷い人種的差別を一方的に受けながらも、白人を許すことができたか。
それは、彼も同じことをやっていたから、ということも一つの理由に挙げられるのではないかなと思う。

彼は、あるとき自分の間違いに気付いた。
それは、ヒンズー教の厳しい身分制度の上で、意識的にか無意識かは解らないが、自分も差別してきたということを。
それでまず、自分の間違いを正した。
自ら、最も身分の低い、人間以下と呼ばれる人々と交流し、彼らと同じ仕事をすすんでしたのである。

間違うのが悪いのではない。
間違いから学ぶのが大切である。

一番危ないのは、自分の間違いに気付かないこと。
気付いても、みんなやっているから、とか言い訳して、改めようとしないこと。

最近、自分自身がいろいろな間違いに気付いたのでこんなことを書いてみました。



ここから話はガラリと変わります。

いろいろと噂される、2012年問題。
人類滅亡とか、アセンションとか言われています。

オレは、この話をたぶん4年前ぐらいに友人から聞いたのかな?
このときは、ありえない話ではないな、と思った。
そして、2010年の初夢、1月1日に見た夢が衝撃でした。

友達と一緒に街を歩いていると、急に、街の様子というか雰囲気というかが変わりだしました。
どう表現しましょうか。
空気がまるで、暗く、ネガティブなエネルギーに変わるというのでしょうか。
そして、親子の愛情が無くなりました。
親が子を叱る時の愛が全くないのです。憎しみ、妬み、怒りだけ。
なんだなんだ、どうなってしまったんだ、なんでこうなったんだ!!と思っていると、辺りは暗くなり、南の方の空から真っ赤なものが向かってくるのがわかりました。
戦闘機が爆弾を落としながらやってくるのです。戦車も、兵隊も。
「ああ、世界は終わりだ…」と思ったときに目が覚めました。
なんて初夢だ、全く。

その夢を見たとき、もしかして戦争で世界が終わるのか、とか思ったものでした。
でも、どうやらその心配もなさそうですね。
闇組織による人口削減計画や第三次世界大戦もネタばれ状態ですし。
イスラエルとイラクの問題も、戦争を煽るための演出にしか見えません。
いつまでそんなばかげたことをやるんだろうと思います。

でも、2012年、今年ですね、何かはあるな、とオレ自身思っています。
でも、何かあるから何をする、というわけでもないし、ただ今を精一杯生きることに変わりはないと思っています。

最近、オレが一番信頼している「アレックス・コリアー」という人の公演動画がユーチューブにアップされていました。
彼は宇宙人と会って、今後の地球について話し合っている人です。
もし興味があれば検索して見てみてください。

彼の話によると、今年、いつかはわかりませんが、地球が銀河平面を通過するにあたって、世界規模での地震が起こると言います。
それを宇宙人が助けてくれるかはわからない。
もし自然にそのまま起こった場合、周波数が今までと比べてずっと高くなるため、それに同調する必要があるが、多くの生き物も人間もそうすることができないそうです。
しかしそれができた者は、4次元、5次元の世界に移行するということです。

それともう一つ興味深い話が、これから宇宙人がコンタクトをとっていく対象として、日本人、日本政府を挙げているそうです。
でもこれはオレ個人的に、今の日本政府とコンタクトをとっても意味ないやろ~、と思ってしまいます。でも何とか気付いてほしいものですね。
一方、自分も最近知った方ですが、臨死体験経験者の木内鶴彦さんや、無農薬リンゴと宇宙人との遭遇者の木村秋則さんが話題になってきているのも事実です。

もしみなさん、宇宙人と会ったら、ビビらずに、「ハロー、やあやあ君が宇宙人か、よろしく~」とフレンドリーに接してあげてください。(笑)

オレの友人で、昔、寝ているときに目の前にUFOが来て、身動きとれなくて、UFOが向かってきて、その後の記憶がない、という方がいます。
その後、今から2年前かな、同じ友人の夢の話ですが、星が全部落ちて、金のキタロウがやってきて、「一緒においでよ」と言われたらしいです。
彼女は、「行かない」と答えると、キタロウはピューっと去ったらしいです。(笑)
これと宇宙人が関係あるのか分かりませんが、きっと宇宙人は、断ればあっさり去るもんだとも思います。たぶん(笑)

さてさて、またまた長くなってしまいました。
とにかく、毎日悔いなく、精一杯今を生きましょう。

オレ自身、あの震災から学んだことは、「今を生きること」です。
地位も名誉もお金も財産も、すべて幻です。
最後に残るのは、その人がいかに生きたか、その人の本性だと思います。

それでは。


BY MYSELF

うーむ…

調べれば調べるほど、今までの塗り替えられてきた歴史、権力抗争のためにいいように振り回されてきた、ということが明らかになる。

これからはすべてが明らかになっていく時代だと思う。
今までの教育、歴史先入観など、すべて忘れてしまった方がいいと思った。

オレは昔から歴史に興味があって、好きで、矛盾したこと、辻褄が合わないこと、疑問に思うことなどの謎を知りたいと思っていた。
結局すべては権力抗争にいいように利用するために造られたものではないか??
知識など必要ない。

”我々は、自我、想念が作り上げた世界に踊らされているだけである”

みんながみんな間違いを犯してきた。
これからは自分の間違いを正していくしかない。
それがせめてもの罪滅ぼしではないか。
人をどうこうしたり、責めるのじゃなく、自分の間違いを認め、正して、行動する。
ただそれだけだ。

今は詳しくは書けない。
オレの友人でも、歴史に全く興味のない人たちがいるが、その人たちは本能的に賢かったのかな、とも思った。
それは女性に多いように思った。



その夜、夢を見た。
オレは、夢は見ているというのはわかるが、インパクトのある夢じゃないと、いつも朝起きて忘れてしまう。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

オレの自宅に、ジョンレノンとオノヨーコを招いて一緒に食事をした。
とくに緊張はしなかったものの、何か嬉しい気持ちであった。
他に、7人ぐらいのミュージシャンが同席した。
とくに著名な方々ではなく、でもオレの親しい人というわけでもない。普通の身なりの明るくフレンドリーな方が多かったように思う。なんだろう、あの人たちは…
オレはジョンとヨーコの案内役として片時も傍を離れなかった。
オレはヨーコに訪ねた。
「人類はもうとっくに答えを知っているのに、なぜ実行できないのでしょう?」
ヨーコの答え。
「その通りよ。………」
この先の答えがはっきり思い出せないのだ。

その後、どことなくバンドの演奏が始まった。
生演奏なのか、スクリーンの映像なのか、はっきり覚えていない。
限りなく生演奏に近い、スクリーン映像だったように思う。
演奏者は、オレも過去に会ったことのあるミュージシャン、山口友生さんと中山英二さん、そして他3人はわからない。
ギター、ベース、他の楽器もわからない。弦楽器が多かったように思うが…。
奏でている曲は、懐かしい、知っている、好きな曲、テンポの良い、ノリの良い、つい体が乗ってしまう。
なんだったっけなあ。
なんだったっけなあ…。

その後、オレはジョンをトイレに案内して、そこで夢は終わった。

今朝、仕事をしていて、その夢について考えていたら、流れた曲のタイトルを思い出した。

『BY MYSELF』だ。
(この曲は、ローランド・ハナと中山英二のデュオ作品「ラストコンサート」に収録されている。作曲者など、詳しく調べたかったが情報がない。)

何事も自分次第だということか。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

まあ、ただの夢である。

今までの価値観をゼロにして、好きに生きていくこと、それが一番の幸せだと思う。
最近、どうやったら日本人が幸せに暮らしていけるのかを考えていたら、縄文時代、に辿り着いた。

オレが(いろんな情報を合わせながら)想像する縄文時代。
山には木の実が溢れ、海には魚、貝が溢れ、川の水は綺麗で、全体的に温暖な気候だった。
食べ物など、必要なものは必要なときに得ることができる。
だから貯め込むことも、搾取する必要もない。
摂り過ぎれば無くなるというのも解っていたから、必要な分だけを摂っていた。

これは、「わら一本の革命」著者である、福岡正信氏の提唱する自然農法にも共通するところがあると思う。
彼の行き着いた農法とは、泥団子にいろいろな野菜の種を混ぜて、ばら撒くことであった。山でも草むらでもどこでもいいのである。
あとは自然に任せる。
すると、そのときに必要な野菜が自然と成長する。
除草も耕すこともいらない。
彼は、いかに昼寝をしながら農業をするか、ということを考えた。
ただ、楽に農業をしたかったのである。
そしたら、楽に農業をできるようになった。
地球環境に最も優しい農法であることは間違いないだろう。

大地には、長年蓄積された大地の栄養がある。
それを掘り起こしてしまうと、栄養は無くなるどころが、元に戻るのに長い年を要する。
これは、「極北の動物誌」という本にも書いてあった。
一度、大型の機械で掘り起こしてしまった大地は、それまで何百年間も蓄積された大地の恵みが無くなり、元に戻らなくなる。

我々はもう、縄文時代(実際どうだったかは知らないが)のようには戻れないかもしれない。
でも、人の心、意識は変われる(戻れる?)と思う。
今まで間違えてきた。
本当に大切なことは何だろうか。

我々は自由である。


スピリチュアルに生きる

頭でいろいろ考えすぎて、疲れたなあ~と思う今日この頃です。

常にスピリチュアルに生きていたいと思う。

社会の常識や、集団意識や、人の価値観や、世間体よりも、自分の意志、魂の意志。

今の自分がどうであるか。



今読んでいる本「スウェーデンボルグの惑星の霊界探訪記」に書いてあるのですが、変な話ですが、木星人は、表情と口元、顔で会話をするみたいです。
どんなに良い言葉を並べて良い声を出しても、表情で伝わってしまうので、地球人の言葉の裏側がばれてしまうらしいですよ。
ほんとに変な話ですが。笑

宇宙規模で物事を考えるなら、今とらわれていることなんて、本当にちっぽけなことに思えてくる。
宇宙から地球を見ている者たちがいるならば、きっと彼らは「なんて変な星なんだろ~」と思うのではないかと思う。



本当にやりたいことは何なのか、本当に大切なことは何なのか、何のために生まれてきたのか、何の使命を帯びてこの地球にやってきたのか、何のために生きるのか、それを各個人が認識し、知ることはできると思っている。

良心に従って、魂の意志に従って、自我を出して、やりたいことをやって、やりたいことをやり尽くす、もしくは、いらないものを捨てていく、自我を捨てていくことで、見えてくるとオレは思っている。
そのためにはたくさんの壁やハードルを越え、自分を見つめ直し、自分の心との対話が必要になる。

ときどき、やりたいことがわからない、何をしたいかわからない、という人と出会う。
そんなときオレはこんなたとえ話をする。
「もし、明日、もしくは一週間後に地球が崩壊するとしたら、あなたは今何をしますか?」
「それがやりたいことです。」
今まで聞いてきた話では、海外旅行とか、どこかへ行きたい、という答えが多かった。
日本の外を体験したいという人は多いようだ。
でも、お金が無いとか、何かを理由にしてそれをすることを拒む。
いろいろなタイミングがあるとおもうから、その人次第でいいと思うが、やりたいことをやるために必死こいてお金を稼ぐ、というのも、やりたいことの一つなのではないかと思う。

もう一つ、心の内なる声を聴くための方法、手段を紹介します。
自分が落ち着けるところで、まず、リラックスして、楽な姿勢で、何も考えないようにします。
理想的には、一人でいれるところ、静かなところ、空気のきれいなところがいいですね。
心配事も、悩みも、世間体も、社会の常識も、そのときだけはすべてを忘れて、そっと目を閉じ、温かい光(愛)に包まれて、自分の心の中へ、深ーく、深ーく、ゆーっくり、入って、心も体も一つになるのをイメージします。
そして、心に、もしくは神様に、もしくは創造主に質問をします。

すると、ふっと答えが返ってきます。
良いとか悪いとか判断せずに、その答えをそのまま受け取ってください。
オレの場合、瞬間で答えが返ってきます。
これは頭の堅い人には難しいかもしれません。

オレはときどきこれをやります。
今までした質問で、
「オレはなんで音楽をやっているのですか?」
と聞いたところ、
「メッセージを伝えるため」
と帰ってきました。
「何のために生きて、何をしたらいいんですか?」
と聞いたときは、
「行動で示しなさい」
という答えでした。
何かに迷ったときなど、これをやります。
しかも慣れると簡単にできます。
ポンポーンと言った感じで答えが返ってきます。
なかなかおもしろいでしょ☆笑

それと、最近よく思うのが、オレは誰にも迷惑をかけず(たぶん)、自分に正直に生きている(つもり)のに、どうして楽しいことなんて一瞬で、辛いこと、嫌な人とばかり会うんだろう、と悩んでいたところ、ふと仏陀の言葉を思い出しました。

「人生は苦行である」

その瞬間、ズドーンと腹に落ちました。
ジタバタするな、受け入れなさい、ということだろうか。

それと、キリストか仏陀かどっちの言葉か忘れたのですが、
「一番辛い修行とは、その人が最も嫌いな人、最も嫌いな行為を見ること」
だそうです。



何度も言ってきたかもしれませんが、どういう人生を送るか、どう生きるかは、その人の、そのときそのときの選択次第だと思っている。
何かをやりたい、こうなりたい、と思っていても、難しいとか、無理とか思っている人は、ただ、「難しい」「無理」という道を選択しているだけである。
ただ、「こうありたい」「こうなりたい」もしくは「こうなる」という道を選択すれば、その人はそうなる。

一番楽しい道を選んで生きましょう。笑



うん、なんだかここまであーだこーだ書いてきたけど、とりあえず、思うことは書いたかな。
何か思うことがある人はなんか言ってもらえるとうれしい。文句でもなんでも。
人の声が聴こえないというのは、なかなか辛いものである。

さてさて、人生、旅、謳歌して、楽しんで、いつか来るその日を迎えるまで♪


プラーナ

最近、あらゆる医学と治癒についての研究をするアンドルー・ワイルという方の本『癒す心、治る力』という本を読んでいる。
これは、ずっと前に、たまたま入った古本屋で見つけて、あまりにも興味深かったので買ってみたのだ。
まだ読んでいる途中であるが、あまりにも興味深すぎる、おもしろい。
今一番考えさせられたのが、必要以上の食事は必要ない、むしろ悪影響であり、本当に人の体として必要、大切なもの以外は悪影響である。
ワイル博士いわく、無農薬、有機野菜を摂り、少食を心がけ、週に一回断食するのが健康に良いと言う。
オレも昔から言われていた、「たくさん食べなさい」とか、「残さず食べなさい」とか、なんだったんだろうと思う。
食べ残しをするのは良くないと思うが、多すぎる食事を無理に食べる必要はないのである。

その後、たまたま、ジャスムヒーンという方を知った。
彼女は、地球のエネルギー(プラーナ)を得られれば、口から得られるものは必要ないと言う。

これはまさに究極である。

でも、想像してください。
もし、食べ物がなくても、地球のエネルギーを体に受け、健康に過ごしていけたら、、、

以下、しばらく自分の体験談を話そうと思う。

昔、車で旅をしていたときのこと。

ライブをしてもCDが売れず、金銭的にやばくなってきて、毎日腹が減って、ほとんど食事らしい食事をしていなかったとき。
旅先で出会う人と話をすることで、心も体も満たされた気分になった。
良い話ができたり、深い話ができて、その人と仲良くなれると、空腹を忘れることができた。
そんなとき、どんなに腹が減っても、毎日楽しかったら大丈夫なんじゃないか、と思った。

長野県の道の駅にて、100円で野沢菜が大量に買えた。
買った野沢菜を、生でそのままモシャモシャ食べた。
非常においしかった。
腹が減っていると、新鮮な野菜であれば、そのままでも十分おいしい。

ヨーロッパを旅しているとき、意外と西洋人、白人は肉を食べないと思った。
むしろ、日本人は肉を食べすぎなくらい食べていると思った。
西洋人、白人は、食事自体、あまり食べないと思った。
日本人は、不景気だとかどんなに言っていても、贅沢すぎるくらい食べていると思った。

バリ島にて。
ちょうど、バリ島の正月の時期だった。
鳥を絞めて料理した。かなりショックだった。
オレが泊まった宿の家族は、ほぼ年に一度、正月の時期にしか肉を食べないと言っていた。
しかも、食事は朝と夜だけ。

そんな生活をしていたら、今までの食生活を考え直させられた。

アラスカの山の中でキャンプ生活をしているとき。
限られた食材を、少しずつ食べる。もちろん肉なんてない。
大自然、森に囲まれて、火を熾し、料理をする。
ほんの少しの料理でも、幸福に包まれる。
幸せに包まれる。

ニューヨークのお寺で修行生活をしていたとき。
毎日、玄米粥を食べる。
玄米の美味しさを知った。
それから、福井の家に帰ってからも毎日玄米粥を続けた。
玄米は、物凄く栄養があっておいしい。
白米にするのは、お米の栄養がほとんど無くなってしまって、もったいなすぎる。
玄米は、お粥にして、焼き海苔をかけて、醤油をかけて食べるとおいしい。

福井に帰って、毎日3度の食事、肉を食べていたら腹を壊した。
毎日腹いっぱいで、食事の喜びをあまり感じなくなった。

沖縄に来て、働いて、出される料理をそのまま食べていたら、腹を壊した。



食べる喜び、空腹の喜び。
自然の恵み、新鮮な空気。
必要以上に食べない健康生活。
清貧生活。
そんなことを心がけていこうと思う。

風邪や病気はストレスからくるものだと思う。
そして、食欲も、ストレスからくるのではないかと思っている。
肉を食べるのも、ストレスからじゃないかなあと思っている。

オレが今まで、最高に幸せを感じた瞬間とは、いつも空腹だった。
人は地球のエネルギーをいかに得て、生きてゆけるのか、やってみたい。
自然のエネルギーを、体中で感じていられたら、それだけで幸せだろう。
もし、世界中の人々がそんな生活をできたら、なんて幸せだろう。

なんだかまとまらなくなってきたので、この辺で話を終わりにしよう。
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